小さな布教者2

小さな布教者 2

〔1994年2月〕

夫の転勤で、私達は東京へ向かう新幹線に乗り込んだ。

3才の子どもは、新幹線が出発するやいなやお祈りを始めた。座席の前も後ろも人がたくさんいるので皆さんに聞いてもらいたかったのだろうが、公共の場だけに「社宅についてからね」と納得させた。

本当に、社宅についた途端、我慢していたとばかりに大きい声で始めた。

社宅中に子どもの声が響き渡っている。

今までご祈念に関して何も言わなかった夫だが 「もう少し小さい声で」と注意した。

私も社宅の皆さん、夫の立場を考えるとそう言わざるを得なかった。

ご祈念を覚えてくれたことは本当に嬉しい。 褒めてあげたいのだが「夜には止めなさい。昼も小さな声でしなさい。 なるべく部屋の中でしなさい」と言わなくてはならないことは辛かった。

田舎では誰にも遠慮することなく好きなようにお祈りをさせていたのだが、都会に来れば、また社宅となると、今までのようにはいかない。 夫にも迷惑をかけるようなことになってはと気遣った。

今までお祈りをすると喜ぶ親バカであったが、これからは時と場所を考え、周りに気配りを忘れずにお祈りさせてもらうことを子どもに教えていかなければならないと気付かせて頂いた。

東京に来てからも、夫の理解のある中、子どもと毎日お参りさせて頂く。

ある日「お買い物?」と、社宅の方に尋ねられた。

私が、今日こそ教会のことを言おうと心を決めている瞬間に、「違うよ。 教会へ行くんだよ」と子どもが答えていた。

「教会? キリスト教?」

「いえ、 金光教の教会なんです。 前のところでも行っていまして、こちらにも近くにあるものですから」

もう隠すことはない。 いや、隠していたわけではない。

今までの私なら迷うことなく 「金光教を信仰しています」と言えたのだが、訳のわからぬ宗教が氾濫している中、 金光教を何も知らない方が、それらと同じようにとられたらという不安、そして社宅での生活なので夫に迷惑をかけては申し訳ないと思った。

だから自分から言えないでいた。

けれども、子どもがサラリと言ったので、そんな不安もぶっ飛んだ。

これで堂々と言える。

子どもの姿、私の行動から理解してもらえばいい。

確かにこの瞬間、そう思ったのだが、思い返すうちに「私を見て下さい」などといえた人間ではない、 改まる所の多い私であったと気付いた。

口に出さずとも、考えるだけで厚かましい人間だと恥ずかしくなった。

信心が自己満足になってはいけない。

周りの方々に理解されていく信心ができるように、願いつつ東京で努力しようと思った。

『心配りする心で信心をせよ』

(理解Ⅱ近藤藤守の伝え29)
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